「いのちの授業」山田泉さん亡くなる 昏睡中も生きる尊さ訴え
「生きているということは、人のために尽くすこと」。乳がんと闘いながら「いのちの授業」を続け、21日に49歳で亡くなった山田泉さん(豊後高田市)は、昏睡(こんすい)状態にありながらも命の尊さを訴えたという。
長男の一貴さん(23)によると、山田さんは亡くなる約7時間前、病院のベッドで突然、目を開けた。そして口にしたのが「生きているということは、人のために尽くすこと」「ありがとうございました」という言葉だった。
「おかんの子に生まれてきて楽しかったです」と語りかけた一貴さんは、「母は最期まで懸命に生きようとしていた。そんな思いが言葉になったのでしょう」と話した。
夫の真一さん(52)が最後に言葉を交わしたのは19日。「一緒にいろんなことをやってくれてありがとう。私が一番好きなのは真ちゃん」。そう語りかけられた。「妻として、母として、人間として尊敬していました」と言葉を詰まらせた。
急性骨髄性白血病と闘っている佐伯市立蒲江翔南中1年、木許ひなのさん(13)は昨年秋、山田さんに手紙をしたためたところ、「互いに頑張ろう」と返事をもらったという。
悲報を耳にして言葉を失ったというひなのさんは「頑張ったね、って言いたいです」と声を絞り出し、ひなのさんの母、五月さん(36)は「人としての生き方を教えていただいた」と話した。
山田さんが2001年に設立した大分乳がん患者の会「オードリーの会」事務局長で、00年に乳がんを発症した多田喜代子さん(58)(佐伯市中村東町)は「バイタリティーあふれる姿をとても尊敬していました。今はお疲れさまでしたと言いたい」と話していた。
(2008年11月22日 読売新聞)